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吉野家ホールディングス 安部社長の講演を聞く機会があった。

改めてカリスマ性のある、大きい人だと思った。
強調してたのは、とにかく人の縁に恵まれてたこと。今に至るまで、さまざまな人に助けられ感謝しているという。

1980年会社更生法申請時、周りはどんどん辞めて行き、残ったのは一握りの有志。

再建には、セゾングループ和田氏が送り込まれた。この人も度量が大きい方で、バイト上がりの安部さんをを社長に抜擢した。

また、管財人にも恵まれたという。牛丼一筋の事業体系を変えることなく貫いた。
当時マスコミは、「牛丼のみ」だから失敗したのだと こぞってバッシングを浴びせた。しかし、失敗したのは「牛丼のみ」だからではなく、急激な事業拡大に伴い、コスト削減のため品質が落ちことが原因。また、人材育成も疎かにになり、いい加減な店長も蔓延った。

これを汲み取った管財人は、周りからの「多品種にしろ」という声には一切耳を貸さず、従来通り「牛丼一筋」を曲げることなく再生に挑んだ。

安部さんは、「あのときの我々の決断は間違ってなかった。それを分かってくれたことに感謝している」。

原点に戻った吉野家は、100億円の債権を7年で完済する。徹底的に品質にこだわり、お客様起点を忘れることなく吉野家は再生した。

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BSE問題
2004年、創業以来最大のピンチが訪れる。BSE問題 米国牛の輸入停止だ。これには流石の安部社長も参った。考えられる最大限のリスクの範囲を超えていた。

米国産牛へのこだわり
おいらは当時、豪州牛でいいのではないか?何をそんなにこだわってるのか?社長の意固地?と思っていた。
しかし、話を聞いて納得した。

当時、競馬場などでは、密かに豪州牛を使って牛丼は販売されてた。あるときお客さんから、「味変えた?」と言われたそうな。
もちろん味を変えることなどなく、タレは全く同じ調合で、同じ作り方、飯も同じ量。変えたのは肉だけ。

米国牛と豪州牛の違いは、生後の育て方から全く違う。飼料はもとより、放牧の仕方、気候などなど。
吉野家の牛丼は、米国産牛(何年何ヶ月かは忘れた・・)を、一番完璧な状態で最高の旨みを引き出す様に研究された賜物だという。
なので、豪州牛を使うと、タレの調合から調理方法、米の分量など根本から変えなければならない。全てが狂ってしまう。

全てはお客様起点
「お客様は我々に何を望んでいるのか?」これが原点。客は、牛丼を望んでいるのではなく“吉野家の牛丼”を望んでいたのだ。
(単に牛丼を食べたいのなら、他に行ってください。。。)
もし妥協の産物で、短期的な利益を求めたら、それは吉野家ファンを失うこととなる。
お客様は、“あの吉野家の味”を待っているのだ。裏切ってはならないということで、豪州牛の使用は止めたそうな。。

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その他、代替メニューの苦難など いろいろ興味深い話もあったが、2006年「牛丼復活祭」のエピソードには心打たれた。

ある店で、お客さんから、「いや〜、美味しかった。本当にありがとう!」と言われたそうな。

「ありがとう」。それまで当たり前にやっていた、普通に牛丼作って、普通にサーブして、普通にお会計済ましていたことが、こんなに喜ばれ 感謝されることだったのか?。。

店員、バイト君皆涙したそうな。安部社長の心のこもった言葉に、おいらもちょっと潤んだ。最近 涙腺がユルイ。。

吉野家にとってのピンチは、企業を成長させるチャンスなのだ。逆境から這い上がる強かな姿には、感銘を受けざろう得ない。。

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輸入再開後の肉の厚みは、0.何ミリ単位で調整されてるという。そんぐらい繊細なです。。
吉野家の味は、最初は薄いかな?と感じるけど、食べ終わる頃には 満足感に満たされるようにできてる。
そんで、「また食べたい!」と思ってもらえる様、絶妙なバランスを極めてるそうな。

確かに。。。

ちなみに、ツユダクはあまり好ましくない行為だそうです。なぜなら、美味さの極限にまで調整されたタレと米、肉の配分を壊してしまうから。
「ニーズも増えてるので・・」と 言ってはいたが、苦虫だった。。

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「for the people」、これが吉野家の企業理念。阿部社長に惚れ込み、再び吉野家株を長期的に仕込みたいと思った。

あ”〜、資金準備がままならない・・・

どーでもいいことですが・・・┐('〜`;)┌

吉野家 牛丼の具
→ 吉野家 牛丼の具



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